母の自慢
病気を患った毒母は、最近しきりに「私は堅実に生きてきたから、よい最後を迎えられるはずだ」と言う。
そしていろんな場所で「これまで大きな病気も手術もしたことがない、私は偉いんだ」と自慢するようになった。
普通の親子ならば、「お母さんも気弱になっているのね、かわいそうに」となるのだろう。
しかし、うちの母は毒親である。普通の人が思うような「しおらしい考え」からそう言っているのではない。
罰が当たった?
母にとって大病を患った人は「罰が当たった」となるのである。
罰が当たった原因は支離滅裂で、自分勝手な理屈であることがほとんどだ。
自分は罰が当たるようなことは何もしていないはずなのに、大病を患ってしまった。
そのことが悔しくてならないのだ。死ぬのが怖いとか辛いとか、そういう事ではない。だたただ悔しいのだ。
ここで母の頭の中を覗いてみるとする。
「自分はこれまで堅実に正直に生きてきた。だから大病を患うはずがない。でも患ってしまった。…そうか、私はこれまで大きな病気をしたことがなかった。手術もしなかった。最後の最後になっただけだ!」
こういうよくわからない理屈で、「私はこれまで大きな病気をしたことがない」が母の自慢となったのだ。
先日は病院でも、「これまで大きな病気になったことがないんです、自分を褒めてやります!」と先生に言ったらしい。
それってあなたのおかげなの?
祖母も同類
大病は罰。そんなふざけたことを思うようになった元凶は、たぶん祖母だろう。
母方の祖母は、近所の鶏肉屋の娘さんが生まれつき足が不自由だったことを、「娘の足が悪いのは、長年鳥を殺してきたからだ」と陰口をたたくような人だった。
鶏肉屋が鳥を殺して罰を受けるのなら、その肉を食べているあんたはどうなのよ?と言いたい。
母は人の言ったことをそのまま信じてしまう人である。しかも最初に頭に入った情報を決して更新しない人だ。
未だに、何十年も前の祖母の暴言に従っているのであろう。
だから病気の人や先天性の障害のある人は、片っ端から母の暴言の餌食になる。
きっとこの親子なら、人の陰口で楽しく盛り上がったことだろう。
まったく…モラルの欠片もない親子だ。
堅実だと?
こんな親子だが、祖母も母も「自分は堅実に生きてきた」と信じて疑わない。
彼らにとって「堅実に生きる」とはどういうことを指しているのか…それは「犯罪に手を染めない」という事だ。
そんなの当り前じゃないか、それで「堅実に」となるのか? と思うが、彼らにとってそれは「堅実に」となるのだ。
…どういう劣悪な環境で育ってきたのやら。
子どもや夫や兄弟たちに、さんざん迷惑をかけた母である。でもそんなことは1ミリもわかっていない。
逆に、勝手な理屈で兄弟の悪口を言いまくり、罰が当たるのなんのと暴言を吐いている。
そういうことを「堅実でも正直でもない」とは思わないんだろうか?
そうだった、母は自分を省みることができない人だった。だから非常識にもなれるし、モラルがなくても平気なんだ。
私は思う。祖母と母がおかしくて、叔父や叔母が普通の人なんだろうなと。母は「あべこべの世界」に生きてるんだよ。
あなたが堅実に生きてきたかどうかなんて、私にとってはどうでもいいよ。
まぁ、せいぜい自己陶酔に浸っていてくださいな。判定は閻魔様にお任せしようよ。