私は、「何故あの人を?」と周りの人が言うような「ちょっと変わった人」に惹かれてしまうところがある。
若い頃に夢中になった人は、パワハラ傾向のある人だった。
社内でも平気で「お前は頭が悪い、バカだ」などと言う人で、ちょっと美人の先輩には「○○さんはきれいだなぁ~」と、本人の前で気持ちの悪いことを言う人だった。今思えば、発言に衝動性があったのだろうと思う。
同僚だった友達は「なぜあんな人が好きなのか理解できない」と言っていたが、私はその人の奇妙さに全く気が付かなかった。
学生時代の親友は、どことなく私の母に似ていた。
我儘で自己中心的なところがある人だったが、当時はそれを魅力的に感じていた。今思えば、彼女にはASD傾向があったのではないかと思っている。
私は昔から、母に似た人、つまりは発達障害の傾向がある人に関心を持ってしまうところがあった。そしてそういう人に近づいた結果、必ず振り回されていた。
でもその「振り回されること」に快感を覚えていたようにも思う。彼らの我儘に応じることに変な「やりがい」を感じていたのだ。
だから今でも、対等で健全な人間関係では物足りなさを感じてしまう。相手の我儘がないと、その人が私を必要としているのかどうかを確認できなくて不安になったりする。
長年馴染んできた人間関係の在り方からは、なかなか抜け出せない。
母と私との関係性を再現してしまうのは不健全なことなのだ、物足りないくらいの人間関係が良いのだと肝に銘じなければならないのだろう。