定型文が言えない
以前にも書いたことがあるが、
母は子どもの学校に連絡できない人だった。
さすがに当日急に休む時だけは連絡したと思うが(きっとぶっきらぼうに「休みます」とだけ言ったのだろう)、私は小中とほぼ皆勤だったので、そんな機会はめったになかっただろうと思う。
子どもの学校に連絡を入れるには、いくつかの定型文句を言わねばならない。
学校によって多少の違いはあるが、大体こんな感じではないだろうか。
先ず「いつもお世話になっております」と言い、
次に「わたくし、〇学〇年の○○の母でございます」と名乗る。
そして、「恐れ入りますが、○○先生はいらっしゃいますでしょうか?」と言う。
いれば代ってもらう、不在なら伝言をお願いする。
ここも定型文だ。
担任登場で本題に入るわけだが、本題についても、ほぼほぼ定型文が存在するので難しくはない。
ところが母は、こういった「定型文」が言えないのだ。
決まり切った文句なのに何故言えないのか不思議なんだが、とにかく、絶対に、言えないのである。
遠足、あるの?ないの?
母親が学校に連絡しないことで嫌だったこと、
一番記憶に残っているのは、小学校2年生の時の出来事だ。
その日は遠足があって、バスに乗って遊園地に行く予定になっていた。
ところが前日から雨が降っていて、当日の朝に止んだものの、今にも降り出しそうな曇天だった。
雨の場合は遠足は中止、通常の授業となる旨のお知らせが配られていたが、非常に判断が難しい状況だった。
一般的な対応としては、ママ友がいれば一応(お愛想で)訊いてみるかな?
たぶんそこでは判断できないので、どちらかが学校に確認する事になるのではないだろうか。
しかし母は近所の人(同級生の子供がいるがママ友ではない)に尋ねに行き、二人で相談の上「遠足は中止だろう」との判断を下し、ランドセルで登校させたのである。
結果は「遠足は決行」だった。
遠足にランドセルで行ったのは、私とその子との二人だけだった。
あのわかりにくい天候で私たちだけということは、ほかの親は学校に確認を取ったのではないだろうか。
教科書満載の重いランドセルを背負って、私は遊園地を歩いて回った。
「ほかの子と違うこと」が何よりも恥ずかしい年頃。
クラスで自分だけがランドセルだった居心地の悪さを、今でもはっきりと覚えている。
子どもがかわいそうな事にならないように、学校に確認を取ろうと思わないのだろうか?
しかし母にとっては、苦手な定型文を言う事になるくらいなら、娘が恥をかこうがどうでも良いのであろう。
と言うよりも、そんなこと、大した事ではないと思っていたのであろう(事実、良くそう言っていた、子どもは何も気にしないものだと)。
遅刻・早退・休みも自己申告
他にも家の用事で早退とか遅刻とか休むとか、そういう時にも母は学校に連絡しない。
前日に連絡帳にちょっと書くだけで済むものを、決してしようとはしない。
中学1年生の時、入院していた親戚のお見舞いに行くために自己申告で早退したことがあったが、親からの申し出がなかったので、担任に“ズル”ではないかと疑われて悲しかったことがあった。
担任に「なぜ親からの連絡が無いんだ?」と言われたが「そんなこと私にわかるかい」だった。「親に言ってくれ!」だ。
「親が連絡した方が話が早いから一筆書いておこう」などという気の利いたことができる母でないことは分かっていたが、非常に情けない思いをしたのを覚えている。
「常識」のズレ
それにしても不思議だ。
どうして誰でもできるような「決まり決まったこと」ができないんだろうか?
どうしてこんな簡単な「定型文」が覚えられないんだろうか?
祖母(母の母)が来客に対して挨拶をするのを
「なんであんなにヘコへコするのか分からん」と母が言っていたのを聞いたことがある。
聞くと、祖母はただ普通の会話をしていただけの様だ。
「ご苦労様です~」とか
「暑かったでしょう~」とか
頷きながら「あぁ、そうなんですか~」と相槌を打つとか…
母にとってはそういう普通のことが「ヘコへコしている」と感じるようだった。
母は「気の置けない友達とのフランクな会話」以外、すべて「変」と感じていたのだろうか?
母はこの辺りの感覚が、「一般的」とは大きくズレていたように思う。
ズレていることで誤解が生まれ、『常識のない人』と思われていたんだと思う。
確かに「常識のない人」ではあったが。