自分の中にある「毒母の血」に気づいて恐ろしくなる時がある。
「ああはなりたくない」と固く心に誓って生きてきたが、気を抜くと「ああ」なっているんだ。
遺伝なのか習慣なのかわからないけれど、気付いた時にはぞっとする。
他人を悪く言って「自分は間違っていない」と安心しようとする。
極度に緊張したり困惑したりすると、場にそぐわないことを言ってしまう。
子どもや夫に暴言のような言葉を投げつけてしまう。
…あなおそろしや、である。
でも考えてみれば、よほどの聖人でもない限り、こういうこって多分、誰もがそれなりにやっていることだと思うんだ。
要は程度の問題なんだよ。バランスが大事なんだな。
ところが身近に毒がいると、少しのことでも「ダメだ!!」と思ってしまうんだ。同じになっているんじゃないかと、いつも不安なんだよ。
だから「完璧」を目指してしまうんだ。
それが高じると、誰にも会いたくない、誰とも話したくないと、ひきこもりのようになってしまう。
常に自分にダメ出しをしている。
ああなってもいいのか?と叱責している。
だから他人と「気軽に付き合う」という事ができないんだ。
失敗しないように常に気を張っているから、長年の友達でも会った後は疲労感に襲われる。
そしてLINEをしてしまう。
「今日はありがとう。でも私、何か酷いことを言わなかった? 気になることはなかった?」と確認してしまう。
そして「そんなことなかったよ、大丈夫だよ」と言ってもらって安心するんだ。
…これはもう、病気だね。
友達も良く付き合ってくれていると思う。感謝しかない。
どうしたらもっと気軽に、人との会話を楽しめるんだろうか?
こうした、人としての楽しみや喜びを、生涯にわたって失ってしまうのが「毒親育ち」の一番の後遺症なんだと思う。