母から「もう来なくていい」と言われました。
家族の立ち合いが必要な場合を除いて、後は自分ですると。
病気によるストレスがマックスになっている今、会うと必ず酷い結果になることを本人もわかっているようです。
正直ホッとしました。
少しだけあった「娘としての迷い」も、「人を理解することはできない」という心療内科の先生の言葉でなくなりました。
全く関わらないわけにはいきませんが、酷い肩こり、頭痛やめまいも今はありません。やはりあれはストレスが原因だったんだ…
良い人だと思われたい、理解ある人になりたいと言う傲りを捨てると、心が楽になります。
母のようになりたくない、同じだと思われたくない。そんな気持ちも私の傲りだったのだと思います。
自分以上の自分になろうとして、無理をしていたんでしょうね。
私が私であっても、それは「母と同じ」ではない。たとえ母と同じようなことをしたとしても私は私。「母と同じ」ではないんですよね。
母には母の人生があるように、私には私の人生がある。自分の人生を、人のことで埋め尽くしてはいけない。
人のことなんて理解できない。その通りです。
だから自分のしたいようにしていいんです。私は私でいいんですよね。