毒親の特徴について順番に書き出そうと思っていたが、他に書きたいことができたので、しばし中断。
先日、母の友人から手紙が届いた。
その人(「Aさん」とする)には、先だって母の死を知らせるハガキを出していたので、その返事として手紙をくれたのだ。
さて、私がその手紙の内容で気になったのは、最後に書かれた言葉だった。
息子さんのことはよく話しておられましたが、お嬢さんがおられるとは知りませんでした。
これを読んで「へぇ~、やっぱりそうなんだ」と思った。
Aさんと母は7,8年の付き合いである。その間一度も私のことは話さなかったんだ…へぇ~やっぱりね、と思ったのである。
私の被害妄想かもしれないが、母と私との関係は、この言葉がすべてを物語っているような気がした。
母は息子を可愛がった。
「やっぱり息子は可愛いから酷いことは言えん。あんたは女同士やから気安く言える」と、娘である私に向かって言い放った母である。
母のお葬式の席で親戚が「○○君(母の息子)と○○ちゃん(私)の扱いが違い過ぎて、○○ちゃん(私)がかわいそうだった」と言った。母は傍目にもわかるくらい、自分の気持ちに正直に息子を可愛がったのであろう。
母の息子はお世辞にも「出来がいい」とは言えないちゃらんぽらんな人間である。
人は悪くはないのだが、幼いころから衝動的な行動や多動が目立ち、中高生の頃は、悪い友達と一緒になって犯罪すれすれのこともしていた。
大人になってからも自分では支払えないような金額の買い物をしてしまい、最後には父が後始末をするという事が何度かあった。税金なども滞納してしまい、督促状が届くなんてこともしばしばだった。
ここだけの話だが、私も一度お金を盗まれた事がある。預貯金から勝手にお金をおろされたのだ。誰がやったのかすぐにわかるような方法だったので、きっと衝動的な行動だったのだと思う。
先のことが考えられず、したい事欲しい物が我慢できないという、母に似た性格をしているのだ(特性かもしれないが)。
この兄弟を見ていて、いつか犯罪に手を染めるのではないかと恐ろしかった。正直なところ、早くいなくなってくれないかと願った時もあったのだ。
そんな息子を、母は野放しで育てた。
助言はもちろん、諭すことも叱ることも無かった。怒る父に「そんな細かいことを言うな!」と逆切れしていたこともあったくらいだ。
一度だけ「なぜ注意しないんだ?」と母に尋ねたところ、母は「あの子のすることを止めたくない」と、訳の分からないことを言っていた。
今から思えば、母は注意を「しなかった」のではなく「できなかった」のではないかと思うんだ。
母は物事を理路整然と考えたり伝えたりすることができない人だった。だから「叱る」という「論理的な行為」が無理だったのかもしれない。
まぁそんな風に、母と母の息子は似たところがあり、自分に似た息子を母は溺愛していたのである。
この手紙を読んで思ったのは「母から逃げて良かった」ということだ。
死の直前、数か月前ではあったけど、すぐには駆けつけられない距離に引っ越しをしてよかった。電話は電波が悪い事を理由に、かけてこないように言ってあった。
最後の最後ではあったけど、母への執着を捨てて良かった。
情にほだされてそのままだったら、この言葉に傷ついただろうと思うんだ。
しかしあれだね、このAさんも「お嬢さんがいることは知らなかった」とよく書いてこれるなと思うんだが、これは普通のことなんだろうか?
なぜわざわざ?と思うのは思い過ぎなのだろうか? 相手が気を悪くするかもしれないと思うのは過剰反応なのだろうか?
よくわからないが、今頃になって、気分の悪くなる手紙だった。
さすが毒母の友人である。