母は果たして本当に「毒親」だったのか?と迷う時がある(この話題、もう何度繰り返しているけど…)。
母はおバカさんで、それは「勉強ができない」という意味でも「人間的に愚か」という意味でも「おバカさん」で、それで家族に対しておバカさんな対応しかできなくて、自分の子どもにも無意識に傷つくようなことを言ってしまって、そんなおバカさんな母を、バカであることを理由に「毒親」と言ってしまっていいのだろうか…?と迷うことがあるのである。
母の頭に搭載されていた「脳」は、多分、いやきっと、かなりの確率で”お粗末なもの”だったと思う。
日常生活を送るだけなら事足りる。
料理や掃除は下手ながらも普通にできていたし、整理整頓が大好きで(というか、家の中が整然としていないと気持ちが悪いようだった)、暇さえあれば家の中の整理をしていたので、自宅が「ごみ屋敷」になる可能性もなかった。
しかしちょっと難しいこと…例えば子供の教育のことか、お金の使い方や貯蓄のこととか、親戚や子供関係者など、友達ではない第三者への気遣いや付き合い方…、なんてことになるとからっきしダメだった。
物事を計画的に考えることが苦手だったし、他人とのコミュニケーションもどこか変だった。自分で調べることも苦手だったので(どうやって調べたらいいのかが分からないようだった)、何かと言うと「誰も教えてくれなかったから!」と言い訳を言っていた。
そして何より記憶力が壊滅的だった(自分がされたことは覚えているのだが)。
そんなこんなを傍で見ていると、「あぁ…この人は「バカ」なんだなぁ…」と思わざるを得なかった。
親が「バカ」という状況は結構な苦労が伴う。
子どもは一般的に「親を傷つけたくない」と思うもの。
親に認められたい、褒められたいと思いこそすれ、訳もなく「攻撃してやりたい」とは思わないのが一般的ではないだろうか。
でも親が「バカ」だと注意したくなる。指摘したくなる。教えたくなる。でも同時に親に恥をかかせて傷つけてはいけないとも思ってしまうのだ。
そして母の言う「変な論理」と社会の常識とのズレに悩み、「はて?どちらが正しいの?」と要らぬ人生の遠回りをさせられるのである。
子供は常にそのジレンマに苦しむ。
このジレンマは私が物心ついた頃から始まり、母が死ぬまで続いた。
物心ついた頃と言えば5,6歳、幼稚園とか小学1年生。そんな小さな子が?と思うかもしれないが、母の言っていることが「何かおかしい」と感じるには十分な年齢だった。
もちろんその頃は母親を「おバカさん」だとは気付いていなくて、「頭のおかしい人」だと思っていた。それもそれなんだけど…
こういうことに解決策はない。唯一あるのは「親の密着度」を減らすことくらいだろうか(昔からよく言われることだが)。
私の育った家には、大人(「年齢的に」という意味で)は父母しかいなかった。だから彼らの「悪」は子供を直撃していたのだ。
近くに祖父母や親戚がいたわけでもなく、母は習い事や塾が嫌いだったのでそれもなく、私には親以外に親密な大人はいなかった。もし誰か他に大人がいれば少しはましだったのではないかと思う…のだけれど、その大人がこれまた「変」だったら目も当てられないなぁ…と思ったり。
まぁ、そのために「学校」があるんだろう。
子どもをフルタイムで育てた私が言うのも何なのだが、親はお金をかき集めて、それで子どもにたくさん居場所を作ってあげたらいいと思う。親が4分の1、残りは他人が関わる、くらいで丁度良いのかもしれない。
もう一度子育てをやり直せるのだとしたら、今度はそうするな…