毒親育ちの毒親考察

私の母は何かがおかしい

母はやっぱりそうだった…と思ったこと

やはり母には「知的な問題」があったのだろうと思う。

 

ここ最近、親戚や実家のご近所さんと話をする機会が何度かあった。彼らとじっくりと話をする中で思ったのがそれだった。

 

母はご近所の友人達や親戚から聞いた話しを伝える時、こちらがちょっと詳しく訊くと、「あの人ははっきり言わないから」とか「あの人はちゃんと分かってないから説明が下手」などと言って上手く説明できないことがしばしばあった。その結果、母の「聞いてきた話」はたいてい的を得ず、よくわからない話となっていた。

 

しかし、母が「あの人」と言っていた人達と実際に話をしてみると、彼らが「はっきり言わない」わけでも、「よく分かってないから説明が下手」なわけでもなく、母の理解力が低いために起こる問題だったのではないかと思ったのだ。

 

彼らの話の内容や説明が分からないということはなく、逆にとても分かりやすかった。母が言っていたように「よくわかっていない人の話」とは思えないのだ。

 

そんなこんなを考えると、やはり母には「知的な問題」があったのだろうと思うのだ。

 

手帳がもらえるほどではないが、境界知能ギリギリ上限、IQで言えば85あたりだったのではないだろうかと勝手に想像する。

 

母は若い頃から算数が苦手だった。小学校3年生までの四則計算はできるがそれ以降の、例えば分数の計算などはできなかった。暗算も苦手で、簡単な二桁の計算でも筆算や電卓を使っていた。アルファベットも怪しくて、ローマ字も読めなかった。

 

取り扱い説明書や料理のレシピを読むのも苦手で、レシピを読みながら調理していても、書いてある通りにできないこともあった。

 

誰かに何かを頼む時にもちゃんとした指示を出すことができず、結果を見てから「そうじゃない!」とわめくことが常だった。

 

自分の言ったことを「言ってない」といったり、聞いたことを「聞いてない」と言うのは日常茶飯事で、母はたぶん嘘を言っているわけではなく、本気で言ったことも聞いたことも、数日後には忘れてしまうのだろう。

 

挨拶や社交辞令を言うのにはある程度の知能がいるが、母はそういったことがほとんどできなかった。ニコニコとはしていたが(時には真顔で)、黙って相手を見ているだけだった。

 

大人になってからは私が代わりに挨拶をしていたが、それを見ていても”真似る”ことができなかった。

 

他人のあら捜しが止まらないことや、礼儀作法がきちんとしている人、特に挨拶ができる人を「猫なで声で気持ち悪い」と滅茶苦茶に悪く言っていたのも、スポーツでも勉強でも、努力して成果を出している人が大っ嫌いだったのも、そうしないと自分の自尊心が保てなかったのかもしれない。自分の非を絶対に認めないのも同じだったのだろうと思う。

 

Xの投稿文、最後の言葉が気になった。

 

 

『一般常識的に考えておかしな事を言う人は何か困難抱えている人なんだから』

 

そうなんだよね。その通りなんだよ。

母はたぶん、発達障害と知的な問題を抱えていたんだろうと思う。

 

でもやっぱり「それがなんなんだよ!」という気持ちが強い。

 

大変だった。

母に養育されるのは、ほんとうに大変だったんだよ。

 

この大変さは、分かる人にしか分かってもらえない。経験者でなければ「お母さんも一生懸命だったんだよ」とか「仕方なかったんだよ」などと言われるだけだと思う。

 

母の妹と話をして、この大変さを共有することができて本当によかった。現実に分かってくれる人がいて、本当にうれしかった。

 

母が亡くなって、初めてわかる事だった。