「あの人は(あの子は)頑張っているから」
学校や職場などで、そんなセリフをよく聞く。
しかしだ。ただバタバタと闇雲に動いているのが偉いのか?
子育本には「結果よりも過程を褒めよ」と書いてあるが、「過程」とは「ただ頑張った」という行動ではない。「結果を出すために試行錯誤すること」が本来の「頑張り」であり「過程」なのだ。
頑張ったのに結果が伴わないのは、頑張りの方向性を間違っているか、頑張り方を間違っているか、あるいはそもそもの目標設定を間違っているかであって、いずれにしても現状ではダメだということである。
ある方法を試してみる。ダメならほかの方法を試してみる。
例えば模試などは、自分の勉強方法が正しいのかどうかを確かめるためにあるのだ。
それが仕事ならば、決められた期日までに決められたことができていればいいのである。それができないのなら、どうしたらできるのかを考えなくてはならないし、助言も請わなければならないだろう。スケジュールがタイトならば、上長との交渉が必要になるかもしれない。
そういうことを全くせずに、ただバタバタと駆けずり回って、長時間労働していることを褒めてはいけない。
頑張りの中身を確かめもせずに、「頑張っているように見えるだけの結果に繋がらない行動」を褒めてはダメなのである。
しかし、何度も言うが、学校や職場で聞くのが冒頭の言葉である。「あの人は頑張っているから…」
結果も出ないのに、頑張っているもないだろう。
「あの人は頑張っているから…」などと慰めにもならない言葉で擁護するなら、どうしたらできるようになるのかを一緒に考え、具体的に手取り足取り面倒を見るのが親切と言うものだろう。
なぜそれをしないのか、全く不思議に思う。