私は働くのが好きです。
家の中でじっとしているよりも、会社や現場で「働くこと」が好きなんです。
それがどんな仕事でも、自分なりの目標を作って、どうしたら達成できるだろうと考えるのが好きだし、達成感の中で生きていたいのです。
でも、「仕事をする」の9割は、「嫌な人の嫌な行為を我慢すること」になってしまいます。
仕事自体がどんなに好きでも楽しくても、我慢の限界が来れば辞めざるを得ません。それが残念でならないのです。
もっと「淡々と」働くことはできないものか?と思ってしまいます。
世間話やちょっとした愚痴などは良いのです。
人と話すのは楽しいですし、張り合いにもなります。
でも、どこの職場でも必ずいるのは「素のままの人」です。
大人なんだから、職場では「公の自分」でいてほしいと思うのは贅沢なんでしょうか?
良い雰囲気って、その場にいる皆で努力して作っていくものだと思うのです。
「自分の嫌な部分」をできるだけ出さないように気を付けて、その場の皆が気分よくいられるように、多少の気遣いと配慮のある態度や会話をするものだと思うのです。
「素のままの自分」では困るのですよ。
やたらとマウントを取ろうとする人、
乱暴な物言いをする人、
嫌味な言い方をする人、
根掘り葉掘り聞きだそうとする人、
他人を笑い者にするような冗談を言う人(本人はブラックユーモアだと思ってたりする)、
これって、どうにかならないんでしょうか?
なぜ「素のままの自分」を全開にして平気なのか理解に苦しむのです。
「しまった!」という事態は誰にでもあると思います。私もあります。
でも、常に全開の駄々洩れなのは何故なんでしょうか?
自分が悪くした雰囲気はどうするのでしょう?
それも他人任せなのでしょうか?(本人は気づいてないのでそうなる)
職場と言う「公の場」では、もっと淡々と「公」であってほしいと思うのですが、きっとそれは贅沢な願いなのでしょう。