毒親育ちの毒親考察

私の母は何かがおかしい

『仕事』に関する独り言…なぜ淡々と仕事ができないのか? 仕事の9割は「嫌な人」を我慢することだと思う

 

私は働くのが好きです。

家の中でじっとしているよりも、会社や現場で「働くこと」が好きなんです。

 

それがどんな仕事でも、自分なりの目標を作って、どうしたら達成できるだろうと考えるのが好きだし、達成感の中で生きていたいのです。

 

でも、「仕事をする」の9割は、「嫌な人の嫌な行為を我慢すること」になってしまいます。

 

仕事自体がどんなに好きでも楽しくても、我慢の限界が来れば辞めざるを得ません。それが残念でならないのです。

 

もっと「淡々と」働くことはできないものか?と思ってしまいます。

 

世間話やちょっとした愚痴などは良いのです。

人と話すのは楽しいですし、張り合いにもなります。

 

でも、どこの職場でも必ずいるのは「素のままの人」です。

大人なんだから、職場では「公の自分」でいてほしいと思うのは贅沢なんでしょうか?

 

良い雰囲気って、その場にいる皆で努力して作っていくものだと思うのです。

 

「自分の嫌な部分」をできるだけ出さないように気を付けて、その場の皆が気分よくいられるように、多少の気遣いと配慮のある態度や会話をするものだと思うのです。

 

「素のままの自分」では困るのですよ。

 

やたらとマウントを取ろうとする人、

乱暴な物言いをする人、

嫌味な言い方をする人、

根掘り葉掘り聞きだそうとする人、

他人を笑い者にするような冗談を言う人(本人はブラックユーモアだと思ってたりする)、

 

これって、どうにかならないんでしょうか?

なぜ「素のままの自分」を全開にして平気なのか理解に苦しむのです。

 

「しまった!」という事態は誰にでもあると思います。私もあります。

でも、常に全開の駄々洩れなのは何故なんでしょうか?

 

自分が悪くした雰囲気はどうするのでしょう? 

それも他人任せなのでしょうか?(本人は気づいてないのでそうなる)

 

職場と言う「公の場」では、もっと淡々と「公」であってほしいと思うのですが、きっとそれは贅沢な願いなのでしょう。