早稲田メンタルクリニックの益田先生がおっしゃっている『キャンプ場のカレー』。
誰がどんなふうに作っても、それなりに美味しく出来上がるのがキャンプ場で作って食べるカレーだ。子育てもそれと同じだと言う。
素人の母さん父さんが何となく育てても、子どもはそれなりに立派な大人に育つ。家庭も同じで、それなりに良い家庭が出来上がる。
ところが、親、または子どもの誰かが「普通」でない場合、『キャンプ場のカレー』とはいかなくなる。「なんとなく」では上手くいかないのだ。ある意味「プロの手」が必要になってしまう。
我が実家は、『キャンプ場のカレー』にはなれなかった例だ。
母は、精神や知的に何か困難を抱えていたと思われる人だった。父もASD傾向があるのではないかと思うような人だった。私たち子供もそれぞれに、親ほどではないが、そんな親の遺伝を継いでいるところがある。
全くの『普通の人』がいない家。それが我が実家だった。『キャンプ場のカレー』になるわけがない。
危険回避の能力が無く、感情のコントロールが利かない精神的に未熟な母親と、こだわりが強くコミュニケーション能力の低い父親。
両親を一言で表すなら、「親元を離れて好き勝手している子ども」だった。
両親のどちらかが突然切れることで起こる、罵り合いの夫婦喧嘩。子どもの事なんてそっちのけ、自分の主張を通すことしか関心がない両親。
2人で協力して子育てするというよりも、各々の主張を言い募り、相手を責めて罵り合い、結局何も解決しない。時には折れたり、妥協したり譲ったり、そういう「人と上手くやっていく」ことが出来ない人達だったのだろうと思う。
私たち兄弟も、それぞれに「歪で不味いカレー」になっているのだろう。そんな私が作った”私の家庭”は、ちゃんと『キャンプ場のカレー』になっているだろうか?
それが一番の心配である。